『コードギアス 復活のルルーシュ』が描いた“蛇足”という名の極上の救済――我々はなぜ、彼の帰還を望み、そして戸惑ったのか
作品情報
本作は、平和を取り戻した世界に迫る新たな脅威に対し、C.C.の執念によって蘇ったルルーシュが再び盤上に立つ完全新作映画です。
最大の魅力は、かつて敵対したスザクらと共闘する胸熱な展開と、ルルーシュが初めて「個人の願い」のために智略を巡らせる点にあります。緊迫感あるナイトメア戦の空間を活かした3Dの映像技法や迫力のカメラワークも健在で、全てを背負った男の美しい帰還と、C.C.への至高のアンサーに心震える傑作です。
あらすじ
光和2年。
世界は再編成された超合集国を中心にまとまり、平和な日々を謳歌していた。
しかし、平和は突如として終わりを告げる。仮面の男・ゼロとして、ナナリーの難民キャンプ慰問に同行したスザクが謎のナイトメアフレームに敗れ、
2人は連れ去られてしまった。
シュナイゼルの密命を受け、戦士の国・ジルクスタン王国に潜入したカレン、ロイド、咲世子はそこで、謎のギアスユーザーに襲われる。
そして、その場には襲撃者に“元嚮主様”と呼ばれる、C.C.が居た。かつて神聖ブリタニア帝国の大軍すらも打ち破った無敵の王国を舞台に、人々が描く願いは、希望か絶望か。
果たして、ギアスのことを知るジルクスタン王宮の面々と、C.C.の思惑とは——。
あまりにも美しかった「ゼロレクイエム」の呪縛
「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ」
この言葉を体現し、自らの命を捧げることで世界の憎しみの連鎖を断ち切ったルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。 TVアニメ『コードギアス 反逆のルルーシュ R2』の最終回「ゼロレクイエム」は、アニメ史に燦然と輝く、あまりにも美しく、そして残酷な結末でした。多くのファンが涙し、あの完璧なエンディングこそが『コードギアス』の至高であると信じて疑いませんでした。
だからこそ、完全新作映画『復活のルルーシュ』の制作が発表された時、ファンの心境は複雑だったはずです。 「あんなに綺麗に終わったのに、復活させたら台無しになるのではないか?」 「ゼロレクイエムの重みが失われてしまうのではないか?」 私自身、期待と同じくらいの不安(あるいは拒絶感)を抱きながら劇場へ足を運んだことを覚えています。
しかし、スクリーンに映し出されたのは、そんなファンの戸惑いを軽々と飛び越え、全力のファンサービスと新たな可能性を提示した、極上のエンターテインメントでした。 今回は、賛否両論を巻き起こしながらも、結果的に多くのファンに「救い」をもたらした『復活のルルーシュ』について、ベテランコラムニストの視点からその真価を紐解いていきます。
幼児退行したルルーシュと、C.C.の献身がもたらすカタルシス
本作の序盤、私たちの前に姿を現したルルーシュは、かつての傲岸不遜な魔王ではありませんでした。 Cの世界の理から外れ、肉体だけが蘇った彼は、言葉もままならず、怯えるだけの幼児退行状態。その彼を、献身的に介護しながら旅をするC.C.の姿に、衝撃を受けた人は多いでしょう。
これまで、ルルーシュの共犯者として、どこか飄々と、達観した態度を崩さなかったC.C.。 しかし本作では、重い荷物を背負い、猫背になりながら、ただひたすらにルルーシュの心を取り戻すために奔走します。装飾のない質素な服を着て、ルルーシュを守るために泥臭く戦う彼女の姿からは、並大抵ではない深い愛情が伝わってきました。 長い悲惨な人生の中で、何度も殺され、孤独に生きてきた魔女が、ようやく見つけた「たった一つの執着」。この序盤の20分間を見るだけでも、本作には十二分な価値があります。
そして、かつての仲間たちとの偶然の再会を経て、ルルーシュの魂が真の「復活」を遂げる瞬間。 お馴染みのポーズと共に放たれるギアスの発動シーンは、劇場で思わずガッツポーズをしたくなるほどの高揚感をもたらしてくれました。「彼が帰ってきた!」という圧倒的なカタルシスは、理屈を超えた興奮を私たちに与えてくれたのです。
禁断の「if」とドリームチームの共闘――映画ならではのお祭り感
本作は、TVシリーズの純粋な続編ではなく、劇場版3部作(興道・叛道・皇道)の流れを汲む物語です。 そのため、TV版では悲劇的な死を遂げたシャーリーが生きていたり(出番は少なかったですが、エンディングの笑顔には涙腺が崩壊しました)、一部の設定が異なったりしています。 この「if」の設定に対して、「ルルーシュのあの決意は何だったのか?」と否定的な意見を持つ方がいるのも理解できます。
しかし、映画という限られた尺の中で、この設定変更は功を奏しました。 かつての敵と味方が入り乱れ、共通の敵に立ち向かうという展開は、まさに「ドリームチーム」によるオールスター感謝祭。 特に、カレンとスザクが背中を預け合って共闘するシーンや、シュナイゼルやコーネリアといった旧ブリタニア陣営、そして黒の騎士団の面々(咲世子やジェレミアの暗躍も最高でした)がルルーシュの指揮下で動く様は、長年のファンへの最高のご褒美と言えるでしょう。
敵の能力である「時を戻すギアス」も非常に厄介で、時間を操る相手に対して、ルルーシュがどのような頭脳戦(と泥臭い総当たり戦)で攻略するのか。タイムリープという反則級の能力に対し、「俺を否定するな!」というルルーシュの言葉が突き刺さる、見事な論理的帰結でした。スザクが一体何回ボコボコにされたのかと考えると不憫ではありますが(笑)、それも含めてコードギアスらしいスピーディな展開でした。
「L.L.」という名のプロポーズ――二人の魔王が歩む新たな道
そして、本作の最も美しく、最も賛否を呼んだであろうラストシーン。 ナナリーやスザクたちに別れを告げ、一人で旅立とうとするC.C.を追いかけたルルーシュは、彼女にこう告げます。 「ルルーシュ・ランペルージという名は捨てた。これからは、L.L.(エルツー)と名乗ろう」
この言葉の意味。それは、不老不死の魔女として永遠の孤独を生きる運命だったC.C.に対し、自分も同じ時を生きる(共に十字架を背負う)という、ルルーシュなりの究極のプロポーズでした。 呆けたような顔から一転して、子供のように泣き笑いするC.C.の表情。ぬいぐるみを抱きしめ、手を繋いで荒野を歩き出す二人の後ろ姿は、これまでのコードギアスでは決して見ることのできなかった、純粋な「幸福」の形でした。
「ルルーシュに幸せになってほしかった」 ゼロレクイエムの美しさを理解しつつも、心のどこかでそう願っていたハッピーエンド派のファンにとって、これほど完璧な救済はありません。 彼らはこれからも、世界に散らばるギアスの欠片を回収し、影から世界を見守るという新たな罪と罰を背負って生きていくのでしょう。それは、ルルーシュの物語に一つのピリオドを打ちながらも、「コードギアス」という世界観を未来(『奪還のロゼ』など)へと繋ぐ、見事なオープンエンディングでした。
まとめ:これは、ファンのための“愛の蛇足”である
『コードギアス 復活のルルーシュ』は、完璧だった本編に対する「蛇足」であるという批判を免れない作品かもしれません。 しかし、その蛇足は、制作陣からファンへの、そしてキャラクターたちへの、ありったけの「愛」で満ちていました。
全てを失い、全てを背負って死んでいった少年が、もう一度生を受け、今度は「一人の女性の孤独を分かち合うため」に生きる道を選ぶ。 もしあなたが、TVシリーズの結末にモヤモヤした感情を抱き続けていたのなら。あるいは、ルルーシュとC.C.の幸せな姿を少しでも見たいと願うのなら。 この映画は、あなたにとってかけがえのない「宝物」になるはずです。
綺麗事で終わらない、でも確かに救いがある。 コードギアスという偉大な物語の最後に相応しい、最高の「同窓会」に、心からの拍手を送ります。
©SUNRISE/PROJECT L-GEASS Character Design ©2006-2018 CLAMP・ST
