『かくしごと』が隠していた、たった一つの“真実”――ギャグと涙の向こう側に見つけた、父と娘の愛の色
作品情報
『かくしごと』は、『さよなら絶望先生』などで知られる久米田康治さんによる漫画が原作で、2020年にアニメ化されました。タイトルには、父が子に隠している**「隠し事」と、父親の職業である「描く仕事」**という二つの意味が込められています。
物語はただのコメディでは終わりではなく、アニメの各話の冒頭や結末に「18歳になった姫」が登場する未来のシーンが挿入されます。そこでは、成長した姫が、父の隠し事の真相に少しずつ近づいていく姿が描かれます。なぜ父はそこまでして隠し通したのか、そして母はどうなったのかといった、物語の根幹に関わる切ない謎が徐々に明らかになっていきます。
あらすじ
隠し事は、 何ですか?
ちょっと下品な漫画を描いてる漫画家の後藤可久士。
一人娘の小学4年生の姫。 可久士は、何においても、愛娘・姫が最優先。
親バカ・可久士が娘・姫に知られたくないこと。
自分の仕事が『漫画家」であること。
自分の”かくしごと”が知られたら娘に嫌われるのでは!?
“愛と笑い、ちょっと感動のファミリー劇場がはじまる——”
その“かくしごと”は、あまりにも優しすぎた
「父親が、自分の職業を娘に隠している」 ただそれだけの、一見するとシンプルな設定。しかもその職業は、下ネタ漫画家。 これだけ聞けば、ドタバタコメディを想像するでしょう。実際、本作『かくしごと』は、久米田康治先生原作らしいシュールなギャグと、業界あるあるネタが満載の、腹を抱えて笑える作品です。
しかし、もしあなたが「ただのギャグアニメでしょ?」と高を括って見始めたのなら、最終回を見終える頃には、バスタオルが必要になるほど涙を流すことになるでしょう。 この作品は、アニメ史に残る「笑いと感動の黄金比」を達成した稀有な傑作です。 下ネタ漫画家・後藤可久士と、その愛娘・姫。 二人の日常に隠された“かくしごと”が明かされる時、私たちはそこに、とてつもなく大きく、深い「愛」を見つけることになります。
今回は、放送終了後も高い評価を得続け、劇場編集版も公開されたこの名作について、ベテランコラムニストの視点からその魅力を徹底解剖します。
絶妙すぎる「笑い」と「不穏」のバランス――神谷浩史が演じる“父”の背中
本作の構成は見事の一言に尽きます。 基本的には、1話完結型のオムニバス形式で進むコメディです。 主人公・後藤可久士(CV:神谷浩史)は、娘の姫(CV:高橋李依)に嫌われたくない一心で、自分が「下ネタ漫画家」であることを必死に隠します。 毎朝スーツを着て家を出て、途中でTシャツ短パンに着替えて仕事場へ向かう。その涙ぐましい努力と、個性豊かなアシスタントや編集者とのやり取りは、テンポが良く、決して「寒く」なりません。 神谷浩史さんの演技力が光り、繊細な間(ま)で笑いを生み出す技術は圧巻です。
しかし、本作がただのギャグアニメと一線を画すのは、各話の冒頭や終盤に挿入される「姫18歳編」の存在です。 そこでは、成長した姫が、父の秘密を知り、過去を回想するようなシーンが描かれます。 現在の楽しい日常(姫10歳編)とは対照的な、どこか寂しく、不穏な空気。 「あれ? お父さんはどうしたの?」「なぜ姫は一人なの?」 視聴者は、大笑いしながらも、心の奥底でチクリとした痛みと不安を感じ続けます。 「続きが見たいけれど、不幸な結末なら知りたくない」。そんなアンビバレントな感情にさせられる構成こそが、本作の最大の魅力であり、制作陣の計算し尽くされた罠なのです。
大瀧詠一『君は天然色』が彩る、モノクロームとカラーの世界
本作を語る上で欠かせないのが、エンディングテーマである大瀧詠一さんの名曲『君は天然色』です。 明るくポップなこの曲が、アニメのエンディングで流れると、なぜか胸が締め付けられるような切なさを感じます。
実はこの曲には、大瀧さんが作詞を依頼した松本隆さんの妹さんが亡くなられた際、渋谷の街が色を失って見えたというエピソードが背景にあると言われています。 「思い出はモノクローム、色を点けてくれ」 この歌詞が、とある事情で人生の色を失いかけていた父・可久士と、彼にカラフルな色をもたらす娘・姫の関係性と見事にシンクロしているのです。
ED映像だけでなく、本編のアニメーション自体も、シンプルながら洗練された色彩設計がなされています。 亜細亜堂による丁寧な作画は、日常芝居の心地よさを生み出し、派手なバトルシーンがなくとも「アニメーションを見る喜び」を感じさせてくれます。 そして、劇場編集版のラストで追加されたエピソードと、この曲が重なり合った時、全ての伏線が回収され、私たちは本当の意味での「天然色」の景色を見ることになるのです。
「書く仕事」と「隠し事」――タイトルのダブルミーニングが示す愛
タイトルの『かくしごと』は、「描く仕事(漫画家)」と「隠し事(秘密)」のダブルミーニングになっています。 しかし、物語を最後まで見届けると、そこにはもう一つの意味が含まれていたことに気づかされます。
父が娘に隠していたこと。それは単に「職業」だけではありませんでした。 なぜ妻がいなくなったのか。なぜそこまで必死に漫画を描き続けるのか。 その全ての根底にあったのは、不器用すぎるほどの「父の愛」です。
最終回付近の展開には賛否両論あるかもしれません。「急に重すぎる」「辛い」と感じる人もいるでしょう。 しかし、それまでのギャグパートがあったからこそ、シリアスな展開が際立ち、可久士の必死さが痛いほど伝わってくるのです。 「下ネタ漫画家」という設定すら、ただのギャグではなく、サスペンス色を消し、物語のバランスを保つための絶妙なスパイスでした。
全てが明かされた時、私たちは知ります。 彼が隠し通そうとしたのは、自分のプライドなどではなく、娘の「幸せな日常」そのものだったのだと。
まとめ:箱にしまっておきたい、宝物のようなアニメ
『かくしごと』は、笑って、泣いて、そして最後には温かい気持ちになれる、極上のエンターテインメントです。
原作の久米田先生の独特な作風を、アニメスタッフが見事に昇華させ、万人が楽しめる「家族愛の物語」へと着地させました。 村野佑太監督をはじめとする制作陣の「作品への愛」が、フィルムの端々から感じられます。
もし、まだこの作品を見ていないなら、ぜひ予備知識なしで見てください。 そして、既に見終わった方は、もう一度『君は天然色』を聴きながら、可久士と姫の日々を思い出してみてください。 きっと、最初見た時とは違う、新しい「色」が見えてくるはずです。
この作品は、私たちの大切な“かくしごと”として、心の中の宝箱にしまっておきたくなる。そんな素敵なアニメです。
スタッフ・キャスト
キャスト
- 後藤 可久士 : Voiced by 神谷浩史
- 後藤 姫 : Voiced by 高橋李依
- 後藤 ロク : Voiced by 花江夏樹
- 戒潟 魁吏 : Voiced by 大塚明夫
- 後藤夫人 : Voiced by 能登麻美子
- 石川なんとかェ門 : Voiced by 内山昂輝
