『メイドインアビス』――美しき絶望と祈りの物語。人類の「好奇心」と「恐怖」の果てにあるもの
作品情報
『メイドインアビス』は、つくしあきひとさんによる漫画が原作で、2017年にTVアニメ化され、その後の劇場版や第2期も大ヒットしている、ダークファンタジー・アドベンチャー作品です。
この作品の魅力は、オンラインゲームという現代的な共通の趣味をきっかけに、現実世界での年の差恋愛が展開していくところです。ネトゲ内でのコミカルなやり取りと、現実での甘酸っぱくて繊細な心の交流が丁寧に描かれています。クールな山田が、少しずつ茜に心を開いていく姿が、多くの読者の心を掴みました。
あらすじ
隅々まで探索されつくした世界に、唯一残された秘境の大穴『アビス』。
どこまで続くとも知れない深く巨大なその縦穴には、
奇々怪々な生物たちが生息し、
今の人類では作りえない貴重な遺物が眠っている。
「アビス」の不可思議に満ちた姿は人々を魅了し、冒険へと駆り立てた。
そうして幾度も大穴に挑戦する冒険者たちは、
次第に『探窟家』と呼ばれるようになっていった。アビスの縁に築かれた街『オース』に暮らす孤児のリコは、
いつか母のような偉大な探窟家になり、
アビスの謎を解き明かすことを夢見ていた。
そんなある日、リコはアビスを探窟中に、少年の姿をしたロボットを拾い・・・?
深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている
人はなぜ、危険だと分かっていても“未知”に惹かれてしまうのか。
『メイドインアビス』は、その根源的な問いに真正面から挑む異色のファンタジーです。
一見すれば可愛らしい絵柄と丸みを帯びたキャラクターたち。しかし、その温かみを裏切るように物語は残酷で、痛烈で、息を呑むほどに美しい。
探窟家の少女リコと記憶を失ったロボットの少年レグ――二人が辿るアビスの階層は、まるで人類の欲望と知の歴史そのものを体現しているかのようです。
これは「冒険譚」であり、「成長譚」であり、そして「人類讃歌」でありながら、同時に“祈りと虚無”の物語でもあります。
夢と悪夢の境界――人はなぜ深淵へと惹かれるのか
本作の最大の魅力は、ファンタジーという概念を本来の意味で再定義した点にあります。
多くの量産的異世界作品が“現実逃避”の舞台としてのファンタジーを描く中、『メイドインアビス』はむしろ現実の「恐怖」と「憧れ」を極限まで拡大し、ファンタジーを“現実の鏡”にしています。
リコは母を探すため、レグは自分の正体を知るためにアビスの底を目指します。その旅路は単なる親子愛でも自己探求でもなく、**人類が生まれながらに抱く「知の欲望」**のメタファーです。
アビスの各層に存在する未知の生態系や遺物、そして「呪い」と呼ばれる現象は、まさに“世界の真理”を覗き見ようとする人類の代償を象徴しています。
登場人物たちは皆、何かを知るために傷つき、何かを守るために失う。だがそれでも立ち止まらない。
「恐怖なんかで好奇心は止められない」――この一言に、本作の哲学が凝縮されています。
リコの幼い勇気も、レグの涙も、そしてナナチの痛みも、全てが“知ることへの執念”の延長線上にあります。
ボンドルドという祈り――善悪の彼岸に立つ人類の影
本作を語る上で避けて通れない存在が、黎明卿ボンドルドです。
彼は単なる悪ではありません。目的のためなら愛も犠牲に変える“人類の夢の成れの果て”であり、同時に最も人間的な“探求者”でもあります。
「祈り」というキーワードを通して描かれる彼の狂気は、宗教や倫理を超越した“科学と信仰の融合”の象徴です。
ボンドルドは“結果”を最優先する合理主義者でありながら、その姿は悲劇的なまでに純粋です。彼にとって人の命は材料であり、愛は実験対象であり、それでも“より深く知るため”に行動し続ける。
その姿は恐ろしくもあり、どこか崇高ささえ感じさせます。
もし「神がいない世界」で人が真理を追うなら、やがて人はボンドルドになる――。この皮肉こそが、『メイドインアビス』が現代社会に突きつける残酷な警鐘です。
しかし彼を通して描かれるのは“絶望”ではなく、“祈り”です。虚無を見つめてもなお、誰かを愛そうとする意志。深淵に沈みながらも上を見上げる眼差し。
彼の白笛が鳴り響く瞬間、我々は気づかされるのです。「夢を追うこと」と「人を傷つけること」は紙一重だということに。
美しさと痛みの融合――生きることは“冒険”である
『メイドインアビス』の映像美は、ただ綺麗という言葉では片づけられません。
黄瀬和哉によるキャラクターデザインは原作の柔らかさを残しつつ、血の通った“生の感触”を与えています。
キャラクターが痛みを感じ、流す血が温かく見える。デフォルメとリアリズムが奇跡的な均衡を保ち、視聴者は“画面の中に命がある”と錯覚する。
特に第10話から13話の展開は圧巻です。
リコの苦痛、レグの葛藤、そしてナナチの祈り――それらすべてが視聴者の心に深く刻まれ、同時に「生きることの奇跡」を思い出させてくれます。
痛みを描くのは残酷ではなく、“生”を実感させるための手段なのです。
そして、その痛みを包み込むように流れる音楽と、沈黙の演出。BGMを“引き算”で使いこなす演出陣のセンスには、もはや詩的な美しさすらあります。
本作の本質は、“絶望の中の希望”です。
リコたちが深く潜れば潜るほど、アビスは冷たく、無慈悲になります。それでも彼女たちは笑う。
それは「好奇心」が「恐怖」を上回る瞬間であり、人間が“虚無を越える唯一の力”なのです。
まとめ:深淵の底で見つけた「生」の輝き
『メイドインアビス』は、人類の原初的な衝動――「知りたい」「見たい」「触れたい」――を極限まで描ききった物語です。
虚無の中で祈る者、痛みに耐えて進む者、愛を歪めてまで夢を追う者。そのすべてが人間の姿そのものです。
恐怖に負けずに一歩を踏み出すリコの勇気、ナナチの優しさ、レグの涙。その一つひとつが“人間とは何か”を問いかけてきます。
深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗く。
その瞬間、人は初めて自分という存在の“輪郭”を知るのかもしれません。
『メイドインアビス』は単なる冒険アニメではなく、人生という名のアビスに挑む、私たち全員の物語なのです。こういうのがいい
スタッフ・キャスト
キャスト
- リコ : Voiced by 富田美憂
- レグ : Voiced by 伊瀬茉莉也
- ナナチ : Voiced by 井澤詩織
- ナット : Voiced by 田村睦心
- シギー : Voiced by 沼倉愛美
- ライザ : Voiced by 坂本真綾
- オーゼン : Voiced by 大原さやか
- マルルク : Voiced by 豊崎愛生
