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アニメ

『Just Because!』が描いた“なんとなく”の正体――受験期の焦燥と、背中を追いかける恋の距離感

JB
tarumaki

作品情報

『Just Because!』は、2017年に放送されたオリジナルアニメ作品です。脚本を『さくら荘のペットな彼女』や『青春ブタ野郎』シリーズの原作者として知られる鴨志田一さんが、キャラクター原案を人気イラストレーターの比村奇石さんが担当し、卒業という人生の節目を控えた少年少女たちの、繊細でどこか切ない人間模様を描き出しています。

「ただなんとなく(Just Because)」生きていたはずの彼らが、卒業というタイムリミットを前にして、自分の本当の気持ちにどう向き合い、どのような答えを出すのか。スマートフォンでの何気ないやり取りや、雪の降る街の景色といった細やかな演出が、彼らの言葉にできない感情を雄弁に物語っています。

あらすじ

高校三年の冬。
残りわずかとなった高校生活。
このまま、なんとなく卒業していくのだと誰もが思っていた。

突然、彼が帰ってくるまでは。

中学の頃に一度は遠くの街へと引っ越した同級生。
季節外れの転校生との再会は、
「なんとなく」で終わろうとしていた彼らの気持ちに、
小さなスタートの合図を響かせた。

祭りの後の静けさと、止まった時間の中で

「高校生活最後の冬」と聞いて、あなたは何を思い浮かべるでしょうか。 卒業式までのカウントダウン、受験への焦り、あるいは、もうすぐ終わってしまう日常への寂寥感。 キラキラとした夏の青春でもなく、新生活への希望に満ちた春でもない。多くの青春アニメが避けて通りがちな、この「エアポケット」のような時期にこそ、人生で最も濃密な感情が渦巻いていることがあります。

今回取り上げる『Just Because!』は、まさにそんな高校3年生の2学期末から卒業までの、ほんのわずかな期間を切り取った作品です。 派手なドラマや奇跡は起こりません。ガチガチの進学校ではない、ごく普通の高校。そこに転校生がやってくることで、止まりかけていた彼らの時間が、静かに、しかし確実に動き出します。

作画の不安定さを指摘する声もありますが、それを補って余りある「風景描写の美しさ」と「心理描写のリアリティ」、そして音楽の力が、この作品を唯一無二の青春群像劇へと昇華させています。 「なんとなく」で始まった恋が、なぜこれほどまでに私たちの胸を締め付けるのか。ベテランコラムニストの視点から、その理由を深く掘り下げていきたいと思います。

「背中」が語る恋のベクトル――視線の交差とすれ違いの美学

この作品の演出において、特筆すべきは「背中」の描き方です。 言葉で愛を語るのではなく、誰が誰の背中を見つめているか、あるいは背中を向けているかによって、キャラクターの心情を雄弁に物語っています。

かつて、ヒロインの夏目美緒は、泉瑛太の背中を追って同じ大学を目指しました。しかし、再会した時、今度は泉が夏目の背中を追いかけることになる。 この視線の逆転と、物理的な距離感の演出が本当に素晴らしい。近づいたと思ったら遠ざかり、手が届きそうで届かない。そのもどかしさは、EDテーマ『behind』の歌詞そのものです。 「なにやってんだか、なんとなく、」 このフレーズが流れるタイミングで描かれる彼らの姿には、言葉にできない愛おしさが詰まっています。

また、風景描写の美しさもこの演出を支えています。 海外のファンからは「夏目が野球部の泉を好きになった理由が消しゴムだけ?」というツッコミもあったようですが、中学生の恋なんて、往々にしてそんな些細なことがきっかけではないでしょうか。 「周りに聞かれた時用に、好きな人がいることにしてただけ」という夏目のセリフにもあるように、彼女の恋心は決してドラマチックなものではなく、日常の延長線上にあったもの。 雪が降る街の静けさ、受験が終わった後のソワソワとした空気感、3年生のフロアだけに流れる停滞した時間。それら全てが、彼らの等身大の恋愛を包み込む「舞台装置」として機能しているのです。

やなぎなぎが紡ぐ「音」の魔法――劇伴が彩る“森閑”の景色

『Just Because!』の世界観を決定づけているもう一つの主役は、間違いなく「音楽」です。 OP、ED、そして劇伴(BGM)の全てを、シンガーソングライターのやなぎなぎさんが担当するという、アニメ作品としては非常に珍しい贅沢な構成が取られています。

やなぎなぎさんの透明感のある歌声と、繊細なメロディラインは、この作品が持つ「冬の透き通った空気」と完璧にリンクしています。 特におすすめしたいのが、『森閑のまえは』という劇伴曲です。静寂の中に響くピアノの音色は、言葉少なに語るキャラクターたちの心の機微を、痛いほど鮮明に浮かび上がらせます。 また、ED『behind』のカップリング曲である『take_one』も必聴です。

アニメにおける音響は、時にセリフ以上に感情を伝えます。 受験会場の張り詰めた空気、放課後の部室の音、そして雪を踏みしめる音。 やなぎなぎさんの音楽は、それらの環境音と溶け合いながら、視聴者を作品の世界へと深く没入させてくれます。音響を絶賛する声が多いのも頷ける、まさに「神音響」のアニメと言えるでしょう。

夏目美緒 vs 小宮恵那――「リアル」と「理想」のヒロイン論争

この作品を語る上で避けて通れないのが、メインヒロイン・夏目美緒と、写真部の小宮恵那によるヒロインレースです。 視聴後、多くの人が『true tears』の石動乃絵と湯浅比呂美の関係を想起したように、本作でも「負けヒロイン」の輝きが凄まじいことになっています。

小宮恵那は、自分の気持ちに気づいてからの行動力が圧倒的でした。 デートに誘い、お守りを集め、彼のためだけの卒業アルバムを作る。自分の喜びよりも、好きな人(泉)が喜ぶことを優先する彼女の健気な姿に、心を奪われた視聴者(特に男性)は多いはずです。彼女は、アニメ的な「理想のヒロイン」像を体現しています。

一方で、夏目美緒はどこまでも「リアル」です。 受験を言い訳に自分の気持ちから逃げたり、態度が煮え切らなかったり。泉との絡みも、小宮に比べれば地味で平凡です。 しかし、だからこそ彼女は「現実にいそうな女の子」としての実在感を放っています。 現実は、AをしたからBの結果が出るという因果律ばかりではありません。素敵なアプローチを受けたからといって、すぐに心変わりするわけでもない。 「人ってそういうもん、現実ってそんなもん」。 夏目のキャラクター造形は、そんな恋愛の残酷なリアリティを逆説的に表現しているように思えます。

小宮という「異質で魅力的なスパイス」がいるからこそ、夏目という「現実的な存在」が際立つ。 最終回視聴後の喪失感は、この二人の対比が見事に描かれていたからこそ生まれるものでしょう。 どちらのヒロインも魅力的であり、彼女たちが悩み抜いて出した答えだからこそ、この作品は青春アニメのパイオニアとして高く評価されるのです。

まとめ:等身大の青春は、いつだって少し切ない

『Just Because!』は、派手な展開や奇抜な設定に頼らず、徹底して「普通の高校生の、普通の冬」を描き切った稀有な作品です。

受験というタイムリミットの中で、揺れ動く恋心と将来への不安。 作画の不安定ささえも、未完成な彼らの青春の一部のように感じられてくるから不思議です。

もしあなたが、派手なラブコメに疲れ、心に染み入るような静かな物語を求めているなら、ぜひこの作品を手に取ってみてください。 見終わった後、あなたの心にはきっと、冬の寒さと共に、温かい何かが残るはずです。 そして、ふと空を見上げて呟きたくなるでしょう。 「あいつら、元気にしてるかな」と。


スタッフ・キャスト

キャスト

スタッフ

  • 原作 / FOA
  • 監督 / 小林敦
  • シリーズ構成 / 鴨志田一
  • 脚本 / 鴨志田一
  • キャラクターデザイン / 比村奇石(原案),吉井弘幸
  • 音楽 / やなぎなぎ、深澤恵梨香
  • アニメーション制作 / PINE JAM

(C)鴨志田一・比村奇石/JB製作委員会

ABOUT ME
tarumaki
tarumaki
ゲーム制作会社で働いてます。
最新作から過去作まで好きな作品を紹介して、少しでも業界の応援になればと思いつつに書いていこうと思います。 基本的に批判的な意見は書かないようにしています。
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