『不滅のあなたへ』が見せる“命”の記録――痛みと再生を繰り返す、永遠の旅路が問いかけるもの
作品情報
『不滅のあなたへ』は、大今良時さんによる漫画が原作で、2021年にアニメ化された、生と死、そして成長をテーマにした壮大で感動的なファンタジー作品です。
物語の主人公は、「フシ」と名付けられた「球」。これは、「情報収集能力」と「刺激を受けたものの姿に変身できる能力」を持つ、不滅の存在です。フシは、最初は石、次に苔、そしてやがて、極北の地に住む少年の姿、さらにオオカミの姿へと形を変えながら、世界を彷徨い始めます。
この作品の魅力は、命の尊さと人の心の美しさを、深く、そして時に残酷な描写を交えながら描いている点です。フシの視点を通して、私たちは「生きるとは何か」「繋がりとは何か」という、普遍的なテーマを問いかけられます。
あらすじ
不滅の存在であるフシ。
それに対抗するのは人間を襲い滅ぼそうとする敵対勢力、「ノッカー」。
攻防の末にノッカーとの戦いには勝利したが、フシはまだ人々を守り続ける必要があった。
自らの体を広げ、樹木のごとく抵抗の根を張り巡らせた。
数百年後、そこは現代世界。
かつてないほどの平和な世界。
新しい友人・・・新しい家・……
おう全てが満ち足りた世界でフシは幸せを謳歌できると思っていた。
しかし不穏な影が、再びフシに迫る。
その影は、人の心の隙間に分け入る宿敵。
涙なしには語れない、ある“球”の物語
『不滅のあなたへ』。この作品を見終えた今、私の胸には言葉にし難い重たい感情と、それと裏腹にある温かい光のようなものが残っています。
正直に申し上げますと、これほどまでに涙腺を刺激され、心を揺さぶられるアニメは久しぶりでした。主人公である「フシ」は、最初はただの「球」でした。人を知らず、世界を知らず、痛みさえも知らなかった彼が、マーチ、パロナ、ピオラン、グーグー、トナリといった人々との出会いと別れを通じて、少しずつ「人間」としての輪郭を形成していく。その過程は、続きが見たいという欲求と、これ以上悲しい場面を見たくないという拒絶反応が入り混じる、非常にアンビバレントな体験でした。
しかし、だからこそこの作品は見る価値があるのです。今回は、ベテランコラムニストの視点から、この傑作が描く「命の重さ」と「物語の深淵」について紐解いていきたいと思います。
喪失こそが“獲得”であるという残酷な美しさ
この物語の最大の魅力であり、同時に視聴者にとって最も過酷な試練となるのが、「別れ」の描き方です。
つかみの第1話から、その容赦のなさは遺憾なく発揮されていました。なんとか信じて進んできた道の果てに裏切られ、それでも前を向こうとして悲しく散った少年。彼の姿を見るのは、言葉を選ばずに言えば「しんどい」の一言に尽きます。 そして、フシに「母」としての感情を教え、誰かを助けること、感情を目覚めさせることの尊さを説いてくれたマーチの死。彼女の無垢な願いが断たれた瞬間、私たちの感情は大きく揺さぶられました。
個人的に最も心に残っているのは、タクナハ編です。兄弟のように育ち、仮面を被らざるを得ない身体になりながらも、愛するリーンを守り抜いたグーグー。彼が最後に、自分がかつて彼女を助けた少年であることを伝えられた安堵の中で、ノッカーの襲撃によって命を落とす展開。 制作陣はどこまで視聴者を絶望させれば気が済むのか、と天を仰ぎたくなるほどの苦しさでしたが、それでも「その最期を見届けたい」と思わせる力が、この作品にはありました。
しかし、全ての別れが絶望ではありませんでした。ピオランとの別れは、それまでの死とは一線を画しています。 彼女は、フシにとって最も古くからの理解者であり、不完全な彼を受け入れた存在でした。彼女の死は、人間としての「必然たる経過」によるもの。彼女自身が自分の人生に満足し、フシに向けた「ありがとう」という言葉には、懺悔ではなく、純粋で真っ白な感謝が込められていました。 フシが得た「幸せだったよ」という感情。それは、出会いの喜びも別れの悲しみも全てひっくるめた、人間賛歌そのものだったように思います。
「観測者」と「器」――ユニークな主人公構造と演出の妙
本作が他のファンタジー作品と一線を画すのは、主人公・フシの特異な立ち位置です。
CVを務める津田健次郎さんが演じる「観測者」が投げ入れた“球体”。その唯一のルールは「刺激を受けて変化すること」。 フシは物語の主人公でありながら、自分から物語を牽引するヒーロー的な動き(主人公ムーブ)をほとんど見せません。むしろ、彼を取り巻く個性豊かな人々が物語を進め、フシはその触媒として存在しています。 例えるなら、ネイチャーサイエンス番組で森の中に定点カメラを置き、数ヶ月単位でレアな動物の生態を記録しているような、そんな客観性と壮大さを感じさせます。
演じる川島零士さんの演技も素晴らしかった。初主演とのことですが、どんどんアップデートされていくフシに合わせて声優として成長したというよりは、第1話から既に完成された「空虚な器」としての演技で私たちを引き込んでくれました。
また、本作の「不死身」という設定に対する世界観の受容の仕方も非常に日本的で興味深い点です。 普通なら、不老不死の力を手に入れようと争いが起きそうなものですが、この世界の人々はそれを「個性」の一つとして受け入れています。ハヤセですら、自らが不老不死になろうとはしませんでした。始皇帝のようにエターナルパワーを求めるのではなく、あくまで「在るもの」として扱う。 一方で、そのハヤセの歪んだ信仰心――純粋な畏怖と執着がこじれてカルト化していく過程――は、人間の業を煮詰めたような恐ろしさがあり、物言わぬ敵「ノッカー」以上に示唆に富んだ存在として描かれていました。
大今良時という天才が描く、ジブリ的壮大さとSF的ギミック
原作者の大今良時先生について触れずにはいられません。『聲の形』で見せた人間の心理描写の巧みさはそのままに、本作では『マルドゥック・スクランブル』で培ったようなSFバトル要素が見事に融合しています。
特に戦闘シーンや自然描写のクオリティは圧倒的です。フシが狼に変身し、身震いする毛の動き、縄をナイフで切る所作、再生しながら熊と戦う際のむき出しの闘争本能。これらはどこかスタジオジブリ作品、特に『もののけ姫』を彷彿とさせるような、生命力に満ちた動きを見せてくれます。 また、物語の根底に流れるテーマ性には手塚治虫先生の『火の鳥』に通じる哲学や輪廻転生の匂いを感じます。
物語終盤、フシは火薬を作り出す能力を得ました。体積の制限なく火薬や武器を生み出せるようになった彼は、今後どのような戦いを見せるのか。無限爆弾や無限機関銃といった「チート」な戦い方が可能になった今、彼を待ち受けるのはさらなる孤独か、それとも新たな共生か。
この作品は終始現実的であり、視聴者が抱く疑問に対して、作中の描写から伏線を見つけ繋げることができるよう丁寧に設計されています。作者が一番、この世界の矛盾や理について考え抜いていることが伝わってくるのです。
永遠の旅は、まだ始まったばかり
フシはピオランを失い、自分がノッカーを引き寄せる体質であることを自覚しました。彼が他者との繋がりを絶ち、孤独を選ぶのは自然な流れかもしれません。しかし、ピオランが生まれ変わる可能性があるのなら、フシ自身もまた、何者かの生まれ変わりなのかもしれません。
「人」として生きるとは何か。 「記憶」として残るとは何か。
哲学的でありながら、エンターテインメントとしての興奮も忘れない『不滅のあなたへ』。 出会いと別れ、生と死、そして愛。普遍的なテーマをこれほどまでに美しく、そして残酷に描き切った本作は、間違いなく近年のアニメ作品における金字塔の一つと言えるでしょう。
2022年の第2シリーズも含め、十分に人間らしくなったフシが、これから先どのように学び、何に感情を揺さぶられ、どのような結末を迎えるのか。 おじさんになったフシ(頭を抱えるほど渋い!)の姿に期待を寄せつつ、この壮大な叙事詩を最後まで見届けたいと思います。
